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ありたい姿・・・

金澤翔子×いかわあきこ
「共に生きる」展

に行って来た。
ダウン症である二人の”世界”が繰り広げられていた。

金澤さんの書には、
”せい”
を感じた。
それは、
力強い”生”であり、
凛とした”静”でもあり、
どこか
神聖な”聖”でもあるような・・・

私には、そんなふうに感じた。

私が、一番、心ひかれた書は、 ”而今”(じこん)
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終わったことはそれでよかったのだから、悔んだりすることはない。未来を心配することもない。
今だけ(而今)に全霊を注いで生きる。思い煩わなければ、その時に最大の能力が出る。
而今に生きれば無心になれる。無心で神様にすべてを任せ、何にも囚われなければ、不安や憂いがないのである。

そんなふうに書かれていた・・・

数種類の本が、売られていた。
いろいろと手に取ってみた。迷った末、「心は天につながっている」という本にした。
帰りの電車の中で読んでいたら、その時、気づかなかったのだが、私の好きな言葉”而今”が、22ページに載っていた。

そして・・・
”はじめに”
という翔子さんのお母さんが書かれていた文章が、この本を購入しようと思ったきっかけになった。

娘・翔子は知的に障害を持つダウン症者である。
翔子は社会の構造が解らない。数列もよく分からない。地位やお金や、効率の良さ、
方理性などの現実から離れた地平で、実にゆっくりと幸せな日々を生きている。

知的な遅れがあるために学歴社会に入れない。私は長い間そのことを嘆いていた。
しかし学歴の外にいたことは、実はとても幸いなことであったと、後になって分かってきた。
学歴社会に入れないと試験を受けないで済む。試験に受けない証拠は競争心が養われなかった。
競争心がないと、人を羨んだり、妬んだりしない。
 その上に、社会の構造が解らないので偉くなりたいとかお金持ちになりたいと思うこともない。
このように俗世に欲望のない無心な翔子の心には「人に喜んでもらいたい」という愛に満ちている。
その想いはとても優しく、豊穣です。

翔子が想いをめぐらす範囲は、せいぜい明日のお昼ごはんぐらいまでなので、未来を想って不安になったり
恐れたりしない。将来に希望や目標を持ったりもしないし、過去を振り返り悔んだりもしない。目標や計画を
持たないということは、その刻その刻を100パーセント生きられる。
 予測的な不安がないので、いつもわくわくと楽しい。いつもニコニコしている。

翔子には、「できない」ということはないのです。今していることがやりたかったこと、今、手に入っているものが
欲しかったものなのです。その世界を思ってみてください。不満や不安、嘆きがないのです。
 翔子の世界は、いつもその時、その場で満ち足りているので、とても豊かで平和。そんな想いで生きている翔子の
創り出す書に、多くの方が涙を流してまで感動してくださいます。

翔子は花に手を合わせ、暗い夜道を見守ってくれる月に「ありがとう」とお礼を言って玄関に入る。
翔子にはあらゆるところに、命があろありと見えているのでしょう。
 一輪の花だって人の心を動かすことができるなど、どれほど多くのことを翔子は私に気付かせてくれたでしょう。

以下、省略



”幸せ””感謝”について、考え、浸った・・・

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